モデルとしての活動や映画、テレビCM等で着実なステップアップを図ってきた俳優・伊勢谷友介が昨年、仲間と共に“再生”をキーワードにしたアートプロジェクトを立ち上げた。普段メディアからは伝わってくることのない、社会に対する熱い想いが、このプロジェクトの原動力になっている。代表の伊勢谷と副代表を務める龜石太夏匡氏に話を聞いた。

人間生活の基本を実現させる
社会の最小単位としての「村」
―このプロジェクトは昨年スターとしたわけですが、何かきっかけがあったんですか。
アイディアのソースは僕が大学を卒業した時点にあるんです。
それまで僕はものを作る側の人間で、社会の仕組みや会社という組織についての知識も少なかったのですが、漠然と村をケーススタディとして形づくることが、時代にとって必要なんじゃないか、と思ったんです。僕自身、ずっと次の生き方を探していたんですよ。
例えば映像は一度見ただけでは、一週間後にはほとんど忘れてしまって、すぐに自分の生活からは消えてなくなってしまいますよね。それならば、イメージを虚像として留めておくのではなくて、実像と共鳴させて、実体験ができるような環境を作れば、人に大きく響くんじゃないかと思い、30歳を過ぎて会社設立に至ったわけです。
―伊勢谷さんが構想する「村=リバースビレッジ」のイメージを教えてください。
生活の場と、そこに供給する水や食料、エネルギーが、きちんと作られて、消費されていくということ。そんな人間の生活の基本を、きちんと今の社会の中で実現させたい。そのためには社会の最小単位としての「村」というかたちを取ることが望ましいのではないかと。僕らが提案する衣食住、水、エネルギーが体験できる「村」ですね。そして、それぞれを司る部門がきちんとステップを踏んで、会社として成り立っていけばいい。
現段階では、環境システムを無視したありふれた製品よりも、地球環境に優しく、作品としてのクオリティやモノとしての価値も高いものを製作、提案し、長く使っていただくことが必要だと思っています。
また、僕らの「村」の理念はその土地ごとに変化していくべきだと思っています。“村のチェーン展開”のようなことを漠然と考えているのですが、世界中各地の特色を、僕らのアイディアと絡めて、きちんとものを作っていくこと。それを通じて、その土地ごとのキャラクターを見つけていけば面白いと思うんです。
例えば地球上のネガティブなものをポジティブに戻すような作業。第二次大戦中に兵器を作っていた場所に「リバースビレッジ」を作ったりする。チェルノブイリ原発の跡で暮らすようなアーティストもいますし、そういう試みをいろんな場所で展開して、それぞれに生活が成り立ち、企業が運営されていく。
それが、ひいては社会システムとしての力を持つと思うし、「村」を通じて信頼を得ることによって、将来的には僕らが良いと思うことを政治に反映できればとも思います。その礎としても、まず、生活が基本になりますね。
あとは白洲次郎さんが言う「プリンシプル」ではありませんが、人間が生きていくためにはこうあるべき、こうありたい、という理念をみんなで共有して、それを成長させていきたい。生活における必要なもの、不必要なものを見極めて、生活のルール=法律も見つめ直していく。そして今、掲げている不確かなビジョンが成長していって、僕らの理想に近づいていければいい。最小単位でもモデルケースをきちんと作ることが大事だと思っています。その最終的なかたちが「村」なんです。
どこに拠って立つのがかっこいいのか、
わからなかった
―そういうプロジェクトの構想と表現者としての伊勢谷さんと、どのように結びついているのでしょう。
そもそも僕らがどこに拠って立つのがかっこいいのか、わからない、という不満をずっと抱いていたんですよ。若い時からリーダーたる人がいなかったですし、ヤンキー、チーマー、ロックンロールとか、既存のスタイルはありましたが、それは退廃的で、スタイリッシュなんだけれどもその先がない、というのは、どうしても賛同できなかったんです。
今、若い子は、公務員になろうとか、ヘアメイクになりたいとか、一つの職業に就くことしか考えられない状況にある。周りからもそういう風にプレッシャーをかけられると思うのですが、それは違うと思うんです。僕にとっては「自分がどう生きたいか」という姿勢が大事であって、職業や役割は何でもいいんです。それこそ、みんながものを作っていれば、僕は掃除をするかもしれないし、僕がディレクションしてみんなを動かすかもしれない。立場は何でもいいと思っていて、それよりも「みんな、どういう想いで生きているの?」という問いが、このプロジェクトの根本にあると思います。

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