GMやポルシェ、フェラーリ、マセラティなど、自動車デザインの第一線で活躍してきた奥山氏。独立後も自動車にとどまらず、家具や食器、メガネに至るまで、旺盛な活動を見せる氏のデザイン観に迫った。

東京・表参道のKEN OKUYAMA DESIGNにて取材。Photo : Hiromasa Takahashi
必要がなくても欲しくてたまらなくなるモノを
―デザインとライフスタイルの相関関係をどのように考えますか。
僕はデザイナーなのでモノを作るのが仕事ですが、あくまでモノは終着点ではなくて、きっかけなんですよ。例えば日本でも昔から経済的かつ文化的にも豊かな、例えば外に出て花鳥風月を愛でて、すてきな器で飲み食いしつつ、歌を詠み、絵を描く、という人たちがいたと思うのですが、モノはそんな暮らしぶりに連なる一つのきっかけ、手段なんですよ。ところが今、日本で問題になっているのは、経済的に豊かでも、文化的に豊かな暮らしがないということ。そういう意味で僕は“暮らしぶり”を作りたいわけです。
一方、イタリアの状況を見てみると、デザイナーがすごいわけではなくて、一般の人たちのレベルが高いんですよ。魅力的なモノを掘り起こしてきて、暮らしの中でコーディネートする力がすばらしいし、厳しい目でブランドに注文をつけて育てていく、そのやり取りがうまい。そういう関係性を作りたいと思ったのが、ケン・オクヤマというブランドを作った理由の一つです。
―このブランドでは車以外にもいろんなものを作っていますが、デザイン上の共通点は何ですか。
よくある芸者、富士山、京都ではなくて、現代の日本や日本人の奥深いところを表現したいんです。一つのキーは素材感なんですよ。例えば日本料理もイタリア料理も新鮮な素材を使いますが、素材の味を殺さないで、きちんと活かしていく、そういう感覚です。
また、僕はデザインを手がけるからには、長く残るものしか作りたくないんですよ。時計で言えば、デジタルで廉価なものがたくさん出ているのに、なぜ何十万、何百万かけて3日で止まるような機械式時計を買う人がいるのか。それは、欲しくて仕方がないからです。そういうモノは心を豊かにしてくれるし、捨てられないで後世まで残るんです。逆に必要性があって買ったものは、必要がなくなったら捨てられてしまいます。必要がなくても、こだわってずっと持っていられるものを作りたい。
うちで作っている車にしても、これがなくなっても世の中は成立するんですよ。必須のものではないけれど、欲しい人はどうしても欲しくなる。屋根や窓がついていないので、高速道路ではヘルメットをかぶらないといけないし、雨が降ったら濡れろと。そういう車なのですが、それでも欲しくてたまらないという人に向けて作っているんです。

2008年のジュネーブ・モーターショーでお披露目されたライトウェイトスポーツカー「k.o.7」。塗装を施さず、ドライカーボン、アルミニウムパネル、切削合金で組み立てられる。(画像協力:KEN OKUYAMA DESIGN)
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