Interview  

日比野克彦

もっと美を意識する場を設けていきたい
2010.5.6

1980年代、在学中に段ボールの作品で注目を浴びて以来、アートシーンの先端を駆け抜けてきた日比野克彦。その活動は多岐に、という表現が陳腐に聞こえるほど、広範囲にわたり、自由な意志に満ちている。今回は彼のライフワークとも言うべき「ワークショップ」の現場を訪れ、アート観、人生観に迫った。

アトリエと舞台のライブ感が出発点
―日比野さんがワークショップを手がけるようになったきっかけは?

僕が始めた頃には、世の中にまだ「ワークショップ」という言葉自体がありませんでした。1984年にお芝居の舞台美術を手がける機会があり、演劇空間とギャラリー空間の違いは何か、と考えた時、“ライブ感”が全く異なることに気づいたんです。ギャラリーは完成した作品を飾るだけで、アーティストは別にそこにいなくても成立します。つまり、自分の絵が飾ってあるギャラリー空間に、作家自身の居場所がないわけです。
一方、演劇は役者が舞台上にいなければ決して成り立たないし、舞台はアトリエに似ているな……と思ったんです。アトリエにはアーティストが当然いて、何もないところから絵を生み出し、最後に一筆入れて作品を完成させる面白さが息づいています。そこで、絵の魅力である制作プロセスを演劇のように多くの方に見てもらおうと思い、公開制作ワークショップを始めたわけです。

―公開制作の中で、どんな“発見”や“手応え”がありましたか?

絵が完成するまでにリピーターが「また見に来ました!」と何度も訪れたりして、声を交わす機会が多くなります。こちらも彼らに「バケツの水替えてきて」、「ここ持ってくれない?」などと声をかけるうちに、観客と一緒に制作するワークショップのような活動が増えていきました。そうした中で、絵の魅力というのは決して完成した結果だけにあるのではなく、1枚の何もない紙から絵ができあがっていくプロセス=時間も、それを紡ぎ出す身体的なパフォーマンスも作品表現であることを、身をもって実感しました。
また、観客とコミュニケーションする際に、相手に確実に伝わらず、ずれていく面白さも感じます。例えば参加者に「紙を1センチ四方に切って」と言うと、「なんでそうなるかなあ?!」というほど、みんな大きさがばらばらになるんです(笑)。あるいは同じ対象を描いても、人それぞれ表現が違ってきます。でも、そういった“ずれ”があるからこそ、各人の個性が浮き彫りになってくる面白さがあるわけです。そして、コミュニケーションから得た発見は、必ず次につながるデータベースになっていきます。
通常、各プロジェクトは準備期間が非常に長いんですが、最近は何も見えないところから多くの人たちと一緒に何かを作っていくという準備そのものを楽しんでいます。それはアトリエで何もない紙に、絵を描いて完成させていく感覚に通じると思いますよ。

物理的にも精神的にも“移動していくこと”が大切
―現在、複数のアートプロジェクトやワークショップを各地で同時に展開している理由は?

今、進めているプロジェクトはどれも、僕が仕掛けていったものではなく、過去に出会った場や人からたまたま生まれてきたんです。例えば今年、横浜開港150周年記念テーマイベントの一環で「横浜FUNEプロジェクト」を展開していますが、もともとは3年前に太宰府で「アジア代表日本」というFUNE(船)を作るプロジェクトを行って、それをたまたま横浜の人が見に来ていたことから本プロジェクトに発展していったんです。つまり、どのプロジェクトも場や人が連想ゲームのようにつながっているわけで、それらが終わらずに持続しているがゆえに、各地で同時にプロジェクトが動くことになるんです。10個の課題に別々に取り組むとへとへとになってしまうけど、10個つなげて考えると面白いものが見えてきます。

―近年のメインコンセプトである「ホーム→アンド←アウェー」についてお聞かせください。

当初はプロジェクトを展開している地域で「ホーム→アンド←アウェー」を表現しました。その後、劇場と美術館という、異なる分野をテーマにして「ホーム→アンド←アウェー」を展開するようになり、その結果、人と地域や分野をつなぐようなコミュニケーションが生まれてきました。「ホーム→アンド←アウェー」という言葉には、物理的かつ精神的な移動の必要性や重要性が込められていて、今も様々な地域や分野の参加者たちが、各プロジェクトを行き交って活動しています。僕自身は岐阜出身ですが、高校生の頃から東京に出たいと思っていたし、東京にいても「ここではない違う所」という感覚を常に持ってきました。そういうイマジネーションを持ち、決して出張とか観光ではない“移動”が可能になってくると、いろいろな広がりが見えてくるのではないかと思います。

…続きは『NODE No.8』をご覧ください

日比野克彦 Katsuhiko Hibino
1958年岐阜市生まれ。東京芸術大学大学院修了。個展・グループ展からパブリックアート、舞台美術に至るまで、活動分野は多岐にわたる。80年代から現在に至るまで、 一般参加者と地域の特性を活かしたワークショップを数多く手がけてきた。今年も「横浜FUNEプロジェクト」、皆既日食に合わせた「時の芸術祭」(種子島)、7年目を迎える「明後日朝顔プロジェクト」等々、数多くのプロジェクト、イベントに携わっている。

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